本住山 実教寺

実教寺 本堂の額



本住山 実教寺は、南北朝時代に大覚大僧正の開基と伝えています。
もとは瀬戸内市長船町福岡にありましたが明治37年、現在地に移転しました。

大覚大僧正ゆかりの石碑


   境内には開祖大覚大僧正と刻印した方柱碑があり、この石碑の礎石は大覚の腰掛石と呼ばれています。
かつて大覚が福岡へ布教に来た時、この石に腰掛けて布教したと伝えています。
石碑は嘉永2年(1849年)の建立ですが、本堂とともに福岡から移転してきたものです。

実教寺 本堂


実教寺は度重なる火災で幾度も焼失したとのことです。
文化7年(1810年)に本堂を磐梨郡坂根村(現在の瀬戸町坂根)の大庄屋、左近休兵衛の寄進で再興しました。
現在の本堂は移転の際に修理の手が加わっていますが、鬼瓦に文化7年の銘があることから左近氏の寄進で再興した時の部材がまだ多く残っているものと思われます。

実教寺 本堂


本堂には日々の生活のやくよけの願いを聞いてくださるという日蓮上人の像が安置されています。
霊験あらたかで南無妙法蓮華経と3回口に唱えてお祈りをすると聞いてくださるそうです。

本尊



天井絵



天井絵



天井には鮮やかな花の絵図が描かれています。
皇居にあった絵図を縮小して再現しているそうです。
上り龍と下り龍がにらみをきかせています。

池田家文書によると、岡山藩主池田光政が当寺の住職の善行を聞き、お城へ招いて料理をくださったとのことです。
その時の折紙が保存されており、藩主からの賞詞が書いてあるそうです。
日鏡上人の伝説では藩主が完全に悪者扱いですが、さすが名君と思わされる逸話ですね。


○参考文献
『瀬戸町誌』